Scope1(燃料燃焼などの直接排出)を削減しきれない場合の対処法は、①燃料転換・電化・効率化による削減の徹底、②温対法の調整後排出量での控除、③GX-ETSの適格クレジットでの対応、④自主的カーボンオフセットでの対外説明、という削減努力を前提とした選択肢に整理できます。特に運輸・製造業など燃焼工程を持つ業種では、技術的な制約からScope1を計画期間内にゼロへ近づけることが難しく、「削減できない分」をどう扱うかが実務上の課題になっています。
本記事では、2026年度に本格稼働したGX-ETS(排出量取引制度)の動向も踏まえながら、Scope1の削減がなぜ構造的に難しいのかを公的資料に基づいて整理したうえで、燃料転換・電化・効率化それぞれの効果と限界、削減しきれない残余排出を温対法・GX-ETS・自主的オフセットの3つのルートで扱う方法、J-クレジット活用の実務手順、SBTなど環境イニシアティブでの扱いの注意点まで解説します。
この記事を読むことで、自社のScope1排出のうち「これ以上は技術的・投資的に減らせない」部分をどのルートで、いつまでに、どう扱えばよいかを判断し、削減を放棄せずにオフセットを補完として位置づけた実務設計ができるようになります。
- Scope1の定義とScope2・Scope3との違い、Scope1の削減が構造的に難しい理由
- 燃料転換・電化・効率化という3つの削減手段それぞれの効果・コスト・リードタイムと限界
- 削減できない残余排出を扱う3つのルート(温対法の調整後排出量/GX-ETS/自主的カーボンオフセット)の違いと選び方
- J-クレジットを使って残余排出を控除・オフセットする実務手順と費用感
- SBTなど環境イニシアティブでオフセットがどこまで認められるか、注意すべき点
Scope1とは?なぜ「削減できない」と言われるのか
まず、Scope1がどのような排出を指すのか、なぜ他のScopeより削減が難しいと言われるのかを整理します。
Scope1の定義とScope2・Scope3との違い
環境省・経済産業省のサプライチェーン排出量算定に関するガイドラインでは、事業者の温室効果ガス排出量をScope1・Scope2・Scope3の3つに区分しています。Scope1は事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)、Scope2は他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出、Scope3はScope1・Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)です。
この3区分のなかで、削減の動かしやすさが大きく異なるのがScope1とScope2です。Scope2は電力の契約先やメニューを切り替えることで比較的短期間に排出係数を下げられますが、Scope1は自社が所有・管理する設備そのもの、あるいは使用する燃料そのものを変えなければ減らせません。ボイラー・加熱炉・自家発電設備・社用車といった資産の入れ替えが前提になる分、投資額とリードタイムがどうしても大きくなります。
Scope3の算定・削減については範囲が広く別の論点になるため、Scope3排出量の算定方法とはで詳しく解説しています。本記事はScope1、すなわち自社が直接コントロールする排出源に絞って掘り下げます。
出典:Scope1、2排出量とは|グリーン・バリューチェーンプラットフォーム(環境省)
Scope1排出が集中する業種と燃焼工程の構造
Scope1排出は、すべての業種に等しく分布しているわけではありません。鉄鋼・化学・紙パルプ・セメントなどの製造業は、製造工程そのものが大量の燃料燃焼を伴うため、Scope1排出が集中しやすい業種です。経済産業省は、こうした業種を対象に「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」を設け、燃料転換や製造プロセス転換への投資支援を行っています。
たとえば鉄鋼業では、鉄鉱石を溶解するために高炉で石炭を燃焼させ、約2,000℃という高温を利用します。化学業ではナフサを原料とする工業プロセス自体から排出が生じ、セメント業では石灰石の焼成工程で大量のCO2が発生します。いずれも、原料や工程の性質そのものに排出が組み込まれているため、周辺設備の効率化だけでは解決しきれない構造です。
運輸業も同様に、Scope1排出が事業の中心に位置する業種です。トラック・船舶・航空機などの燃料燃焼が直接排出の主体であり、輸送量や積載効率の制約のなかで燃料そのものを転換する必要があります。国土交通白書2022では、商用車(小型車)の新車販売における電動車の割合が僅少に留まっている現状が示されています。充電インフラについても、急速充電器3万基を含む15万基の整備を進め、遅くとも2030年までにガソリン車並みの利便性を実現するという目標が示されている段階で、水素ステーションも2030年までに1,000基程度の整備が必要とされています。8トン超の大型車については実証・早期導入を図りつつ2030年までに導入目標を決定するとされており、大型輸送の脱炭素化は発展途上の技術とインフラ整備の両方に依存している実情がうかがえます。
出典:排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業|経済産業省/国土交通白書2022|国土交通省
「削減できない」の正確な意味—技術的制約とリードタイムの問題
「Scope1は削減できない」という表現は、永久にゼロにできないという意味ではありません。正確には、現時点で実用化されている技術・投資回収の考え方・燃料の供給網の整備状況の制約のなかで、今年度や中期計画の期間内にはゼロへ近づけられない、という意味です。高炉から電炉への転換や、化石燃料から水素・アンモニアへの転換といった代替技術は存在しますが、実用化と供給網の整備には長い年月がかかります。
当社(カーボンリンク)のカーボンオフセットデスクに寄せられる相談でも、「照明のLED化や空調更新といった既存の削減余地はすでに一巡し、残っているのは製造設備や車両そのものの入れ替えという大規模投資の段階」という声が目立ちます。この段階に達した企業ほど、削減とオフセットをどう組み合わせるかという設計が必要になります。

Scope1削減の選択肢と限界(燃料転換・電化・効率化の現実)
削減を諦める前に、まず主要な3つの削減手段の効果と限界を正確に理解しておく必要があります。
燃料転換の限界—水素・アンモニアへの転換と供給制約
燃料転換とは、石炭・重油といった化石燃料を、天然ガスや水素・アンモニアなどより低炭素な燃料に切り替える方法です。資源エネルギー庁のエネルギー白書2022では、熱源が化石燃料である場合は水素・アンモニアといった脱炭素燃料に置き換えていくことが必要になるとされ、将来的には排出されたCO2に対するCCUS(CO2回収・利用・貯留)の活用や、水素・アンモニア・合成メタンの専焼利用も選択肢に入ってくると整理されています。
燃料転換の効果は排出源そのものを置き換えるため大きいものの、限界も明確です。水素・アンモニアはまだ供給量が限られ価格も化石燃料より高く、既存設備を専焼対応に改造する範囲や安全規制への対応にも時間がかかります。経済産業省が燃料転換への投資を支援対象としているのも、事業者単独では投資回収の見通しが立てにくいことの裏返しといえます。
出典:エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2022)第1部第2章第2節|資源エネルギー庁
電化の限界—200℃以下は電化可能、高温プロセスは技術的に困難
電化とは、燃料の燃焼をやめて電力による加熱・稼働に置き換える方法です。エネルギー白書2022によれば、200℃以下の熱需要はヒートポンプ等で電化を進められるほか、製鉄手段を高炉から電炉に切り替えていくことも可能とされています。電化された分は電力の脱炭素化が進むほど排出も下がっていくため、電源側の対策と連動して効果が伸びていく手段です。
一方で、鉄鉱石を溶解する高炉のように約2,000℃という高温を必要とするプロセスは、現在の技術では電化が技術的に困難とされています。電化できる領域と、化石燃料や脱炭素燃料に依存せざるを得ない高温領域が明確に分かれているのが実情です。自社の熱需要のうちどこまでが200℃以下の領域なのかを把握することが、電化投資の優先順位づけの出発点になります。
出典:エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2022)第1部第2章第2節|資源エネルギー庁
効率化の限界—既存設備での上乗せ余地は年々縮小する
効率化とは、既存の設備・運用を見直して同じ生産量・輸送量でも燃料使用量を減らす方法です。ボイラーの熱回収強化、輸送の積載効率改善、老朽設備の高効率機への更新などが代表例で、燃料転換や電化に比べて投資額が小さく着手しやすい手段です。
ただし、省エネ法のもとで長年にわたり効率化投資が積み重ねられてきた事業者ほど、追加投資1件あたりの削減量は徐々に小さくなっていく傾向があります。効率化は「まず着手すべき手段」ではあっても、それだけでScope1をゼロに近づける抜本的な解決策にはなりにくいというのが実務上の限界です。資源エネルギー庁も省エネと非化石転換を両輪で進める方針を示しており、効率化はあくまで非化石転換(燃料転換・電化)までの時間を稼ぐ手段と位置づけて計画するのが実務的です。
比較表:燃料転換・電化・効率化の効果とリードタイム
| 手法 | 削減効果の大きさ | コスト | リードタイム | 主な限界 |
|---|---|---|---|---|
| 燃料転換 | 大(燃料由来の排出を直接下げる) | 大(燃料コスト差+設備改造) | 中〜長期(数年〜) | 水素・アンモニア等の供給量・価格、専焼設備への改造範囲 |
| 電化 | 中〜大(電源の脱炭素化と連動) | 大(設備の全面入替) | 長期 | 高温プロセス(約2,000℃等)では技術的に困難 |
| 効率化 | 小〜中(既存設備の改善) | 小〜中 | 短期(比較的すぐ着手可) | 上乗せ余地が縮小し、抜本的な解決にはならない |
3手法は「まず効率化で足元を締め、中長期で燃料転換・電化に投資する」という順序で組み合わせるのが基本です。それでも計画期間内に残る排出量が、次章で扱う「削減できない分」です。

削減できない排出をどう扱うか?対処3つのルート
削減を尽くしたうえで残る排出量には、目的に応じて3つの対処ルートがあります。いずれも「削減が先、対処は補完」という前提を崩さないことが重要です。
ルート1:温対法の調整後排出量で控除する
温対法(地球温暖化対策推進法)の算定・報告・公表制度(SHK制度)では、特定排出者に該当する事業者が毎年度、温室効果ガス排出量を国に報告します。この報告のうち調整後排出量は、無効化したJ-クレジットなど6種類のクレジットの分を控除して算定できる数字です。無効化の期限は算定対象の排出年度中またはその翌年度4〜6月までで、判定は無効化通知書に記載される処理日が基準になります。控除に使えるのは他者が創出したクレジットのみで、登録簿口座がなくても代理無効化で対応できます。
このルートは、温対法の特定排出者(エネルギー起源CO2で全事業所のエネルギー使用量合計が原油換算1,500kl/年以上の事業者など)に該当する企業が対象です。仕組みと手続きの詳細は調整後排出量とは?J-クレジットで減らす計算式と温対法報告の実務で解説しています。
出典:Q&A(調整後温室効果ガス関係)|温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(環境省)/温対法・省エネ法での活用|J-クレジット制度
ルート2:GX-ETSの適格クレジットで対応する
GX-ETS(排出量取引制度)は2026年度から本格稼働した制度で、直接排出量が年平均10万トン以上の事業者に排出枠の遵守が義務化されています。対象事業者には政府から排出枠が無償で割り当てられ、実際の排出量に応じて翌年度に排出枠を保有・返還する仕組みです。適格クレジットとして使えるのはJ-クレジットとJCM(二国間クレジット制度)の2種類のみで、使用上限は各年度の実排出量(控除前)の10%と定められています。
鉄鋼・化学・セメント・電力・石油・自動車など、Scope1排出が構造的に大きい業種の多くがGX-ETSの対象規模に該当します。自社の直接排出量が10万トンに近い、あるいは超えている場合は、対象化のタイミングと排出枠の調達・クレジットの活用計画を早めに検討する必要があります。制度の段階的な義務化の経緯はGX-ETSの段階的義務化とはで解説しています。
ルート3:自主的カーボンオフセットで対外説明する
温対法やGX-ETSの対象でない、あるいは対象であっても法定の報告に加えて対外的な説明を行いたい場合は、自主的なカーボンオフセットが選択肢になります。J-クレジット制度のカーボン・オフセット実施マニュアルでも、オフセットは削減努力を前提とした取組として位置づけられており、法制度への活用に限らず、カーボン・オフセット宣言への登録や自社サイト・統合報告書での公表、製品・イベントへの環境価値の付加といった用途があります。
このルートには義務も期限もありませんが、範囲を明示しない全称的な「カーボンニュートラルです」といった主張は、根拠を問われたときに説明できず、グリーンウォッシュ批判につながりやすい点に注意が必要です。取組の設計と表現の注意点はカーボンオフセットのやり方|企業の実践手順6ステップと費用・注意点で詳しく解説しています。
3ルートの比較表
| 観点 | ルート1:温対法(調整後排出量) | ルート2:GX-ETS | ルート3:自主的オフセット |
|---|---|---|---|
| 対象事業者 | 特定排出者(原油換算1,500kl/年以上等) | 直接排出量が年平均10万トン以上 | 任意(義務なし) |
| 使えるクレジット | J-クレジット等6種類 | J-クレジット・JCMのみ | 制約なし(用途・訴求内容次第) |
| 量の上限 | Q&A上、控除量の上限は示されていない | 実排出量(控除前)の10% | 任意 |
| 期限 | 対象年度またはその翌年度4〜6月(処理日ベース) | 制度の遵守サイクルに応じる | 任意 |
| 義務性 | 対象なら報告義務 | 対象なら遵守義務 | 完全に任意 |
どのルートを選ぶか(義務のある制度から順に確認する)
自社がどのルートに当たるかは、義務のある制度から順に確認していくのが実務的です。温対法の特定排出者に該当するか、直接排出量がGX-ETSの対象規模(10万トン)に達しているかを先に確認し、どちらにも当たらない、あるいは義務対応後もなお対外的な説明をしたい残りの部分について、自主的オフセットを検討する、という順序です。
温対法とGX-ETSは同時に対象となる事業者も多く、両方の義務を負う場合は目的別にクレジットの無効化を分けて設計する必要があります。1つの無効化申請を複数の目的にまとめて使うことはできないため、年度計画の早い段階でどの制度に何トンを充てるかを整理しておくと、期限直前の混乱を避けられます。

J-クレジットで残余排出を扱う実務手順【STEP1〜4】
ここからは、どのルートを選んだ場合にも共通するJ-クレジット活用の実務手順を、4つのステップで整理します。
STEP1. 削減努力を整理し、残余排出量を確定する
最初に、燃料転換・電化・効率化それぞれの実施状況を整理し、「計画期間内にはこれ以上減らせない」残余排出量を確定します。J-クレジット制度のカーボン・オフセット実施マニュアルでも、オフセットは削減努力を前提とした取組として位置づけられており、この整理を飛ばして残余排出量を確定しないまま調達に進むと、後から用途に対して量が合わないという手戻りが起こります。
削減努力の整理は、既存の取組(LED化・高効率機への更新・燃料転換の投資計画など)を「いつまでに・どれだけ減らせる見込みか」という形で棚卸しすることから始めます。この棚卸しをしておくと、後述する対外説明の場面でも「削減の取組+残余排出への対応」という構成で示せます。
STEP2. 用途に合うクレジットを選ぶ
残余排出量が確定したら、どのルートに使うかによってクレジットの種類を選びます。温対法の調整に使うなら他者創出のJ-クレジット等6種類のいずれでも控除効果は同じなのでコスト優先で選べますが、GX-ETSに使うならJ-クレジットまたはJCMに限られます。自主的オフセットで訴求内容を重視するなら、森林由来など物語性のある種類を選ぶ余地もあります。
当社(カーボンリンク)のカーボンオフセットデスクでは、累計3.5億円を超えるJ-クレジット取引の実務経験をもとに、用途と予算に応じたクレジットの選定から調達までを代行しています。Scope1排出が多い業種からのご相談では、複数の制度に同時に対応する必要があるケースも多く、目的別に量を分けて設計する段階から一緒に整理することが少なくありません。
STEP3. 調達し、期限内に無効化する
調達ルートは、売り出しクレジット一覧からの相対取引、東証カーボン・クレジット市場、プロバイダー経由の3系統が主要です。無効化は登録簿システム上で即時に完了し、公式の証跡である無効化通知書もその場でダウンロードできます。時間がかかるのはその手前の調達と社内決裁のため、期限のあるルートを選ぶ場合は特に早めの着手が重要です。
当社がご相談を承る場合、クレジットの選定から無効化通知書のお渡しまでの所要は、標準的には5〜20営業日程度です。温対法の無効化期限(翌年度4〜6月)やGX-ETSの遵守サイクルが近い時期ほど調達の引き合いが強まるため、年度の早い段階で必要量を見積もっておくと選択肢が広がります。
STEP4. 報告・開示に反映する
無効化が完了したら、無効化通知書に記載された情報(認証番号・無効化数量・処理日など)を、用途に応じた報告・開示に反映します。温対法ならEEGSでの報告書、GX-ETSなら遵守手続き、自主的オフセットならカーボン・オフセット宣言や自社サイト・統合報告書での公表が反映先になります。
どの用途でも、無効化通知書の情報と対外的な主張の内容が対応している状態を保つことが基本です。1通の通知書は単年度・単一用途での使用が前提のため、複数の目的に同じ通知書を使い回さないよう管理してください。

SBT・CDP・RE100などイニシアティブでの扱いに注意
温対法やGX-ETSへの対応と並行して、SBTやCDP、RE100といった環境イニシアティブへの回答を求められる企業も増えています。ここでの扱いは温対法・GX-ETSとは異なるため、混同しないよう注意が必要です。
近接目標(near-term target)の達成にはオフセットを使えない
SBT(Science Based Targets)は、企業の削減目標が科学的根拠に基づいているかを審査する国際的な枠組みです。SBTiは、カーボンクレジットの購入によって実現した外部の削減成果を、自社の近接目標(near-term target)の達成分として計上することを認めていません。近接目標はあくまで自社の事業・バリューチェーン内での実際の排出削減によって達成する必要があり、この点はScope1・Scope2・Scope3のいずれにも共通します。
Scope1の削減が構造的に難しい業種であっても、この原則に業種による特例は設けられていません。燃焼工程を持つ業種がSBTの認定を目指す場合、削減が難しいという理由でオフセットに目標達成を代替させることはできない、という前提を早い段階で社内に共有しておく必要があります。
残余排出・BVCMでの補完的位置づけ(2026年6月確定のV2.0)
一方で、目標達成後の残余排出やバリューチェーン外の緩和活動については、オフセットの位置づけが明確になってきています。SBTiは2026年6月11日に「Corporate Net-Zero Standard V2.0」を確定し、2027年2月1日から発効させることを公表しました。この新基準では、高品質なカーボンクレジットを、ネットゼロ目標年に残る残余排出の中和や、バリューチェーン外の緩和活動(BVCM:Beyond Value Chain Mitigation)への貢献に活用することが、自社の排出削減の「代替ではなく補完」として位置づけられています。
つまり、近接目標の達成そのものには使えないものの、削減を尽くした先に残る排出への対応としては、オフセットに一定の役割が認められる方向に整理が進んでいるということです。Scope1の削減に長い時間がかかる業種にとっては、この「補完」の位置づけをどう社内外に説明するかが、今後の実務上の論点になります。
CDP・RE100・GX-ETSでの扱いの違い
同じ「クレジットを使う」という行為でも、報告先によって認められる範囲が異なります。混同しやすい点を整理します。
| イニシアティブ・制度 | 近接目標達成への使用 | 残余排出・ネットゼロ年での使用 | 備考 |
|---|---|---|---|
| SBT | 使用不可 | 高品質なクレジットで補完可(V2.0・2027年2月1日発効) | Scope1・2・3共通で業種特例なし |
| CDP | 開示上の参考情報に留まる | 取組の記載は可能 | 削減実績そのものの代替にはならない |
| RE100 | 再エネ電力由来クレジット等に限定 | — | Scope2(電力)の対応が中心 |
| GX-ETS | 適格クレジット(J-クレジット・JCM)で遵守可 | — | 上限は実排出量(控除前)の10% |
複数のイニシアティブ・制度に同時に対応している企業は、「どの報告先が、どの範囲で、クレジットの使用を認めているか」を制度ごとに確認し、目的別に無効化するクレジットを分けて管理するのが安全です。
Scope1対応の費用感
最後に、Scope1の残余排出に対応する際の費用感を整理します。
クレジット単価と必要量の考え方
費用は基本的に「対応したいトン数×クレジット単価」で決まります。J-クレジットの価格は種類によって水準が異なり、需要の高い再エネ電力由来では1t-CO2あたり5,000円を超える水準で推移しています。省エネ由来はより安価な傾向にあるため、温対法の調整のようにトン単位の効果が同じであればコスト優先で種類を選ぶ余地があります。
Scope1排出が大きい業種の場合、対応が必要なトン数も大きくなりがちです。GX-ETSの対象規模(直接排出10万トン以上)に近い事業者では、仮に排出量の一部にクレジットを充てるだけでも、必要な予算規模はイベント単位のオフセットとは一桁以上変わってきます。早い段階で規模感を掴んでおくことが、予算取りの精度を左右します。
規模別の概算表
クレジット単価を1t-CO2あたり5,000円と置いた場合の概算は以下のとおりです(単価は種類・時期で変動します)。
| 想定する対応量 | 概算費用 | 想定される場面 |
|---|---|---|
| 100 t-CO2 | 50万円 | 中小規模事業所の残余排出の一部 |
| 500 t-CO2 | 250万円 | 事業所単位の年間残余排出 |
| 1,000 t-CO2 | 500万円 | 複数拠点・GX-ETS対象手前の事業者 |
| 5,000 t-CO2 | 2,500万円 | GX-ETS対象規模に近い大規模事業者の一部対応 |
予算の立て方は、想定トン数×単価の目安で概算し、稟議の枠を確保したうえで、実際の種類・量が固まった段階で見積を取り直すという2段階が実務的です。単価は市況で動くため、概算段階では1〜2割程度の余裕を持たせておくと調達時期がずれても計画が崩れません。
よくある質問(FAQ)
Q. Scope1をゼロにできない企業には罰則がありますか?
Scope1排出そのものをゼロにすることは法的な要件ではありません。ただし、温対法の特定排出者に該当する場合は報告義務があり、GX-ETSの対象事業者に該当する場合は排出枠の遵守義務があります。これらの報告・遵守義務を怠った場合には、それぞれの制度に基づく行政上の対応があるため、義務の有無を早期に確認しておくことが重要です。
Q. オフセットで削減目標を達成したと言えますか?
言えません。カーボンオフセットは「削減が先、オフセットは補完」が大原則です。特にSBTのような目標体系では、近接目標の達成そのものにカーボンクレジットの購入分を計上することは認められていません。削減の取組を対外的に示したうえで、削減しきれない残余排出への対応としてオフセットを位置づけるのが正しい順序です。
Q. GX-ETSの対象でない中小企業も、Scope1の対応をしておくべきですか?
義務はありませんが、取引先からScope1・Scope2データの提供を求められる機会は増えています。将来的な制度対象の拡大に備え、燃料転換・電化・効率化の実施状況を整理し、残余排出量を把握できる状態にしておくことは、対象化した際の対応スピードに直結します。
Q. 森林由来のJ-クレジットでもScope1の対応に使えますか?
用途によって扱いが異なります。温対法の調整後排出量の控除には、他者創出であればJ-クレジットの種類を問わず使えます。GX-ETSの適格クレジットはJ-クレジットとJCMの2種類とされており、由来(森林・省エネ・再エネ等)による区別は示されていません。自主的オフセットでは種類を問わず、訴求内容に合わせて選べます。
Q. 効率化投資と燃料転換、どちらを先に検討すべきですか?
一般的には、投資額が小さくリードタイムの短い効率化を先行させ、投資額が大きく技術・供給網の成熟を待つ必要がある燃料転換・電化は中長期計画のなかで検討する、という順序が実務的です。効率化だけで残る排出量を早めに見積もっておくと、燃料転換・電化への投資判断とオフセットの活用計画を並行して進めやすくなります。
まとめ
Scope1が削減できない場合の対処を、削減手段の限界から3つのルートまで整理しました。要点をまとめます。
- Scope1は自社の設備・燃料そのものの転換が必要な排出で、鉄鋼・化学・セメント・運輸などの業種で構造的に削減が難しい
- 燃料転換・電化・効率化にはそれぞれ効果とリードタイム・限界があり、単独では計画期間内にゼロへ近づけられない排出が残る
- 残った排出は、温対法の調整後排出量・GX-ETS・自主的カーボンオフセットの3ルートに整理して対処する
- J-クレジットの活用は「削減努力の整理→クレジット選定→調達・無効化→報告・開示」の4ステップで進める
- SBTなど環境イニシアティブでは、近接目標の達成にオフセットは使えないが、残余排出・BVCMでの補完的な位置づけが明確になってきている
当社カーボンオフセットデスクでは、燃料転換・電化・効率化の検討状況を踏まえた残余排出量の整理から、温対法・GX-ETS・自主的オフセットのどのルートに当たるかの判断、J-クレジットの選定・調達・無効化まで、一連の実務を伴走支援しています。「Scope1のどこまでが削減でき、どこからをどう扱うべきか」の整理から、まずはご相談ください。

