GX経済移行債は、政府が脱炭素投資を先に支援するために発行する国債です。20兆円規模の支援を行い、将来の化石燃料賦課金と発電事業者の特定事業者負担金を償還財源(国債の返済に使うお金)にします。法律上は、元本だけでなく利子などにもこの財源を充て、2050年度までに償還します。
では、企業の負担は1トン当たり1万円を超えるのでしょうか。日本エネルギー経済研究所の2023年の試算は、20兆円の歳入を確保する条件を置き、2049〜2050年度の発電事業者の負担単価が1万円を超えるケースを示したものです。現在の罰則金やJ-クレジットの価格を決めた数字ではありません。
GX経済移行債の仕組みをつかむには、「誰から、いつ、何のお金が国に入るか」を分ける必要があります。資金の使い道と償還財源を確認したうえで、1万円超の試算とGX-ETSの価格制度を読み分けます。
| 先に知りたいこと | 答え |
|---|---|
| 何に使う? | 企業の技術開発や設備投資などを、政府が20兆円規模で先行支援 |
| 誰が返済財源を負担する? | 2028年度から化石燃料の輸入事業者など、2033年度から対象の発電事業者 |
| いつ返す? | 2050年度までに償還。二つの財源は利払いなどにも充当 |
| 1万円超とは? | 2023年の分析が示した、発電事業者の将来負担単価の条件付き試算 |
GX経済移行債の仕組みと使い道
20兆円は政府による先行投資支援の規模
脱炭素に向けて工場の設備や燃料を転換するには、多額の初期費用がかかります。新しい技術は既存の設備より高くつくこともあり、企業が将来の収益だけを見て投資に踏み切るまでには時間がかかります。
GX経済移行債の正式名称は「脱炭素成長型経済構造移行債」です。国の信用を使って支援資金を調達します。
GXとは、化石燃料中心の経済や産業を、脱炭素と成長を両立する構造へ変える取り組みのことです。
政策上の基本的な枠組みは、2023年度からの10年間で20兆円規模の先行投資支援を行うことです。国債を発行した時点で企業から20兆円を徴収するのではなく、先に国の信用でお金を借り、支援を始めます。各年度の予算や実際の発行額は、それぞれの年度の資料で確認する必要があります。
官民150兆円の投資と混同しない
GXの説明には「150兆円超」という数字も登場します。こちらは、政府と民間を合わせた10年間のGX投資の規模です。政府による20兆円規模の支援を呼び水にして、民間企業の投資も進めるという関係にあります。
したがって、「政府がGX経済移行債を150兆円発行する」と読むと、意味が変わってしまいます。国の先行支援、民間の設備投資、両者を合計した投資規模は、資料の中でも別の数字として追う必要があります。
CT国債は資金の使い道を示して発行する個別銘柄
GX経済移行債のうち、個別銘柄として発行されるのが「クライメート・トランジション利付国債」、いわゆるCT国債です。初回の個別銘柄は2024年2月に発行されました。2023年度からという政策上の開始時期と、2024年2月というCT国債の初回発行時期は、指している対象が異なります。
資金は、脱炭素と産業競争力の強化に資する技術開発や設備投資などの支援に充てられます。政府は資金使途の枠組みを示し、調達資金をどこに充てたか、どのような効果があったかを報告します。特定企業のプロジェクトへの投資商品とは異なり、国債としての元利払いを負うのは日本国政府です。
財務省が示す2026年度の充当予定事業には、省エネ設備、産業の製造プロセス転換、持続可能な航空燃料、住宅の断熱改修、ペロブスカイト太陽電池の導入などが含まれています。抽象的な「環境対策」だけでなく、工場や建物、輸送手段の変更を支える予算として使われる仕組みです。
同資料で示されている2026年度のCT国債の発行予定額は1兆円です。掲載された各事業の予算額が、そのまま全額CT国債の充当額になるわけではなく、実際の充当額は別途レポートで報告されます。支援対象の候補、予算額、実際に充当した額を分けて追うと、国債による支援の実像を確認できます。
出典:野村資本市場研究所「日本国政府によるGX経済移行債の発行開始」(2024年春号、2〜3ページほか)、令和8年度充当予定事業|財務省
GX経済移行債の償還財源は二つの炭素負担
企業の予算を検討するときは、国債の償還財源、各社にかかる法定負担、排出枠の売買費用、任意のクレジット購入費用を別の行に置きます。同じ「炭素コスト」でも負担する主体と開始年度が違います。法定負担の対象外でも、取引先への説明や任意の調達は個別に生じ得ます。
化石燃料賦課金と特定事業者負担金
GX経済移行債は、将来のカーボンプライシングによる収入を償還財源にします。カーボンプライシングとは、CO2などの排出に価格を付け、排出する側の経済的な負担に反映する仕組みです。ここでいう償還は、借りた元本を返すことを指します。
返済財源の柱は「化石燃料賦課金」と「特定事業者負担金」です。両者は、負担する企業と導入時期が異なります。
| 財源 | 主な負担者 | 基本的な仕組み | 導入時期 |
|---|---|---|---|
| 化石燃料賦課金 | 化石燃料の輸入事業者など | 化石燃料に由来するCO2の量に応じて賦課 | 2028年度 |
| 特定事業者負担金 | 対象となる発電事業者 | 有償で割り当てられる排出枠の数量と入札価格に応じて負担 | 2033年度 |
政府が先に借りて支援し、その後に排出へ負担を求めて返す。支援と負担を時間差で組み合わせることで、企業が早く脱炭素に取り組む動機をつくる設計です。

返すのは元本だけか、利子も含むのか
法律上、返済財源の使途には利子も含まれます。GX推進法第8条第2項が定める使途は、移行債などの償還金、利子、発行と償還に関連する所定の経費です。同条第1項により、借換国債も含めて2050年度までに償還する必要があります。
国債の「金利」と炭素の「単価」は、数値の単位から区別できます。借りたお金に対して払う利子の割合が金利で、通常は年率で表すものです。これに対し、炭素の単価はCO2を1トン排出することに対応する金額で、円/t-CO2を使います。
金利が変われば返済に必要な利払い額も変わり得ます。ただし、後述する日本エネルギー経済研究所の資料は「20兆円の歳入」という目標を置いた試算で、利子を別建てで積み上げた計算は示していません。法律が定める使途と、一つのレポートが計算した範囲は区別する必要があります。
排出枠の売買代金がすべて国の収入になるわけではない
排出量取引制度では、企業同士が排出枠を売買する場面もあります。ある企業が別の企業から排出枠を買えば、売買代金を受け取るのは売り手の企業です。その取引額全体が、国債の返済財源として国に入るわけではありません。
国の返済財源につながるのは、法律に基づいて徴収する賦課金や、発電事業者への有償割当に伴う負担金です。排出枠の市場が大きくなることと、政府の収入がそのまま増えることを同じ意味で捉えると、財源の計算を誤ります。
出典:GX推進法第8条、第27条、第28条|e-Gov法令検索
2026年、2028年、2033年で何が変わるのか
時間軸も分けて予算を組みます。2026年度の排出量取引は対象事業者の算定と償却に関わり、2028年度の化石燃料賦課金は輸入事業者などを通じて燃料価格へ影響し得ます。2033年度の特定事業者負担金は対象の発電事業者にかかる財源です。自社がどの制度の直接の義務者か、仕入価格を通じた間接負担か、任意の調達かを同じ「1トン当たりの価格」で混ぜずに確認します。
2026年度は一定規模以上の企業に排出量取引を義務化
2026年度から本格稼働するGX-ETSでは、一定規模以上の企業が排出量取引制度の対象になります。基本的な対象基準は、直近3年度平均のCO2直接排出量が年間10万トン以上であることです。企業は実際の排出量に見合う排出枠を保有し、定められた手続きで償却を受ける必要があります。
「直接排出量」は、自社で燃料を燃やす場合などの排出を捉える基準です。購入電力に伴う間接排出を含めた数字や、サプライチェーン全体の排出量を、そのまま10万トンの判定に使うものではありません。対象の判定単位や算定方法は、経済産業省の制度資料で確認します。
制度の開始と、全排出枠の有料化も別の話です。2026年度に制度の対象となったからといって、全排出量に市場価格を掛けた金額を、初年度から国へ納める仕組みではありません。無償割当の量、実際の排出量、枠の過不足によって、企業ごとの対応が変わります。
2028年度は化石燃料への賦課金が始まる
2028年度からは、化石燃料の輸入事業者などを対象とする化石燃料賦課金が導入されます。直接の納付義務を負う主体と、燃料や製品の価格を通じて間接的に影響を受ける主体は区別して考えます。
輸入事業者の負担が燃料価格へどれだけ転嫁されるかは、契約や競争環境にも左右されます。賦課金の単価だけから、すべての企業の燃料費や家庭の負担増を同額で計算することはできません。企業の予算では、自社が直接納付する制度か、調達価格に影響する制度かを先に確認します。
2033年度は発電事業者への有償割当が始まる
2033年度からは、対象となる発電事業者に排出枠を有償で割り当てる仕組みが始まります。有償の排出枠を入札で取得する際の負担が、特定事業者負担金です。この負担金が、化石燃料賦課金と並ぶGX経済移行債の償還財源になります。
2026年度のGX-ETS、2028年度の賦課金、2033年度の発電事業者への有償割当は、段階的に進む別の制度変更です。「炭素に価格が付く年」という一つの年にまとめると、誰にいつ負担が生じるかが見えなくなります。

出典:GX推進法第11条、第27条、第33条ほか|e-Gov法令検索、財務省「令和5年度発行分 資金充当・インパクトレポート/令和6年度発行分 資金充当レポート」(本文8ページ)
炭素価格1万円超はどう計算されたのか
試算の数字を使うときは、出所、対象年、対象者、分母の排出量、対象にした財源を一緒に書きます。研究上の1トン当たり単価は、ある前提の総歳入を特定の排出量で割り戻した値です。分母の排出量が変われば単価は変わりますし、実際に誰がいつ支払うかは法律と制度設計で決まります。投資案件の感度分析には複数の炭素費用を置き、単一の将来価格として固定しない方が判断しやすくなります。
20兆円を集める条件から必要単価を逆算する
「1万円超」という数字に近い一次資料は、日本エネルギー経済研究所が2023年8月30日に公表した「20兆円の歳入を生むカーボンプライス」です。将来の市場価格を統計的に予測した資料ではなく、所定の歳入を確保するための炭素負担を、複数の前提の下で計算しています。
試算の出発点は、2028年度から2050年度までの化石燃料賦課金と特定事業者負担金の収入を、合計20兆円にすることです。まず化石燃料賦課金で集める金額を置き、その残りを発電事業者の負担金で確保する構造になっています。
20兆円 − 化石燃料賦課金の累計収入 = 特定事業者負担金で必要となる累計収入
発電事業者からの収入は、有償で割り当てる排出枠の量と単価によって決まります。必要収入に届くように、排出量の減少、有償割当の割合、毎年上昇する負担単価を組み合わせて計算します。20兆円を現在の日本の年間排出量で一度割るだけの計算ではありません。
排出量、有償比率、価格の上昇経路を仮定している
試算を読む際には、最終的な単価より先に、次の前提を確認します。いずれも2023年の分析で置かれた条件であり、現在の制度でそのまま確定した設定という意味ではありません。
| 試算項目 | 日本エネルギー経済研究所が置いた主な前提 |
|---|---|
| 歳入の目標 | 2028〜2050年度の二つの財源による収入を合計20兆円にする |
| 日本全体のエネルギー起源CO2排出量 | 2030年度の削減目標達成後、2050年度に2013年度比70%減または90%減となる経路を設定 |
| 電力部門のエネルギー起源CO2排出量 | 日本全体とは別に、2030年度以降の排出減少シナリオを設定 |
| 化石燃料賦課金の収入 | 石油石炭税の減収分を充てるという想定などから必要額を計算 |
| 二つの負担の関係 | 2033年度以降、発電用の化石燃料を賦課金対象から除くなど、重複しないと仮定 |
| 発電事業者の有償比率 | 2033年度に20%、2040年度に100%まで段階的に引き上げると仮定 |
| 負担単価の推移 | 2050年度に向けて直線的に上昇させる経路を設定 |
とくに「2040年度に有償比率100%」は、この試算の仮定です。
1万2,400円と1万9,078円は対象年も異なる
資料の8ページにある特定事業者負担金の単価試算では、次の値が示されています。図の右端に付いた年を確認すると、二つの数値は同じ年度ではありません。
| シナリオ名 | 図に示された対象年度 | 特定事業者負担金の単価 |
|---|---|---|
| 70%削減ケース | 2050年度 | 12,400円/t-CO2 |
| 90%削減ケース | 2049年度 | 19,078円/t-CO2 |
「70%」「90%」は、日本全体のエネルギー起源CO2排出量を、2050年度に2013年度比でどれだけ減らすかという試算上のシナリオ名です。電力部門については別の排出経路も設定されているため、二つの単価の差を、日本全体の削減率の差だけで説明することはできません。

排出量が減ると、同じ収入でも単価は上がり得る
一定の収入を確保するという条件では、課金対象となる排出量が減るほど、必要な単価が上がる方向に働きます。脱炭素が進んで排出量が小さくなっても、借りたお金の返済が同じ割合で自動的に減るわけではないためです。
仕組みをつかむための仮の例として、ある年度に1,000億円を集める場面を考えます。有償の対象量が1,000万トンなら、単純計算の単価は1万円/トンです。同じ収入を500万トンから集めるなら、単価は2万円/トンになります。
出典:日本エネルギー経済研究所「20兆円の歳入を生むカーボンプライス」(2023年8月30日、4〜8ページ)
1万円超の試算とGX-ETSの価格制度はどう違うか
社内説明で「価格が1万円になる」という一文だけを抜き出すと、対象と年度が失われます。研究の試算が示したのは、2050年度近くの特定条件下で発電事業者の負担単価が1万円を超える可能性です。2026年度の排出枠の上限価格、2028年度の燃料賦課金、今買えるJ-クレジットの価格は別の定義と情報源を持ちます。見積書、法令、研究レポートの日付も一緒に残す必要があります。
カーボンリンクが公開するJ-クレジットの参照価格は東証の基準値段に連動して営業日に更新されます。これは売却相談の参考値で、実際の買取価格は個別査定です。将来の賦課金を逆算した研究上の単価を、この参照値やクレジットの将来価格に足し合わせる根拠はありません。
負担金、排出枠価格、クレジット価格を分ける
炭素を巡る説明には、同じ円/t-CO2という単位で複数の金額が登場します。単位が同じでも、お金を払う理由や受け取る相手が同じとは限りません。
| 用語 | 何に対する金額か | この議論での位置づけ |
|---|---|---|
| 特定事業者負担金 | 発電事業者への有償の排出枠割当 | 1万円超の試算が扱った負担単価 |
| 排出枠の市場価格 | 排出枠を売買するときの価格 | 需給や制度設計によって変わる価格 |
| 参考上限取引価格 | 上限側の価格安定化措置などに用いる基準 | 対象年度ごとに定める制度上の基準 |
| 調整基準取引価格 | 価格が低い場合の調整措置に用いる基準 | 市場の下限保証価格ではない |
| 未償却相当負担金 | 必要な排出枠を償却しなかった量に対応する負担 | 未償却量 × その年度の参考上限取引価格 × 1.1 |
| J-クレジットやJCMの価格 | 削減量や吸収量を認証したクレジットの取引価格 | 個別の制度、用途、供給条件で決まる |
参考上限取引価格と調整基準取引価格は売買保証価格ではない
GX推進法では、参考上限取引価格と調整基準取引価格を毎年度定め、市場の価格安定化措置の基準にします。
上限価格で政府へ納付できる措置の判断対象は、排出枠の市場平均価格が一定期間以上上限を上回る場合、上限以下の売り数量が著しく少ない場合、災害などで取引が困難な場合です。
いずれかに該当し、経済産業大臣が償却への支障と措置の必要性を認めて告示した場合に、法40条2項の限度内で納付が認められます。個社が調達に努力しただけで自動適用される制度ではなく、期限に未償却分が残れば法41条の1.1倍の負担金が生じます。
下落時に用意されているのは、調整基準取引価格を使い、一定の条件に従って機構が排出枠を買い取る仕組みです。参考上限取引価格と海外制度の比較はGX-ETS上限価格の解説で確認できます。
出典:GX推進法40条、41条|e-Gov法令検索、同法施行令6条|e-Gov法令検索
償却しなかった量に対する負担は別に定められている
GX推進法第41条には、必要な排出枠を償却しなかった場合の未償却相当負担金が定められています。法律上の計算は、未償却に相当する量 × その年度の参考上限取引価格 × 1.1です。
出典:GX推進法第39〜41条、第116条|e-Gov法令検索、排出量取引制度の制度資料|経済産業省
約1,000円の概算と1万円超の試算の違い
約1,000円の概算と1万円超の分析を並べるときは、両者の対象期間、対象部門、配分する歳入額を脚注ではなく表の列に出します。片方は短期の価格感、もう片方は長期の償還財源というように前提が違えば、数字の大小は予測精度の差を意味しません。制度の施行前に示された分析は、法定単価の決定資料ではなく、負担がどの条件で大きくなるかを調べる材料として使います。
売却側の現実の時系列も別です。カーボンリンクの公開する標準手順は、種類・数量の提出、参考査定、契約、登録簿での移転、移転確認後の支払いです。2026年8月に公開した成約例には受渡手続き中の案件が含まれ、約定、移転、入金は同じ時点を指しません。
NRIが紹介した約1,000円/トンの概算
野村総合研究所(NRI)の木内登英氏は、2022年12月1日のコラムで、GX経済移行債20兆円を20年間で償還する場合、年間1兆円程度の歳入が必要になると説明しています。そのうえで、日本経済新聞の報道を引用し、炭素税に換算するとCO2排出1トン当たり約1,000円になるという概算を紹介しています。
約1,000円は必要歳入の炭素税換算、1万円超は排出量の減少や有償比率を織り込んだ2049〜2050年度の発電事業者の負担単価です。NRIのコラムには、換算に用いた排出量は記載されていません。
野村資本市場研究所が挙げたCT国債の課題
野村資本市場研究所の2024年春号のレポートは、CT国債の発行の仕組みや初回発行、市場の反応を整理しています。今後の論点として、報告の信頼性、投資家層の拡大、償還原資の確保に向けた制度設計を挙げています。
出典:野村総合研究所「カーボンプライシングをGX経済移行債の償還財源に」(2022年12月1日)、野村資本市場研究所の2024年春号レポート
企業は炭素コストをどう検討すればよいか
設備投資の比較表では、稼働年度ごとの燃料使用量、電力購入量、直接排出量を別々に置きます。燃料の賦課金、排出枠の不足対応、任意のクレジット購入を重複して加算しないためです。契約の単価が固定か変動か、電力料金や燃料費にどのように転嫁されるかも確認します。公的資料が更新されたら前提を差し替え、前の条件と新しい条件で投資順位が変わるかを見ることが実務上の用途です。
国内J-クレジットの調達について、同社の公開する購入窓口は用途、年間数量、予算、希望時期を整理し、発行済み在庫だけでなく将来発行分の候補も条件付きで探索すると説明しています。発行時期や販売権、利用可否は案件ごとに確認するため、将来の国債償還額から個別在庫や価格を推測できません。
自社に関係する制度と年度を先に特定する
企業の検討は、炭素価格の予想より、自社がどの制度にどう関係するかの確認から始まります。GX-ETSの直接の対象企業なのか、化石燃料賦課金の納付主体なのか、発電事業者として有償割当を受けるのかによって、必要な計算が変わります。
直接の納付義務がない企業にも、燃料や電力、材料の調達価格を通じて負担は伝わり得ます。転嫁の程度を左右するのは、契約や競争環境です。費用を見積もる際は自社の排出量に一律の単価を掛けず、仕入先との価格改定条項や調達先ごとの価格条件を確認します。
予算を作る際には、少なくとも対象年度、対象排出量、無償割当などを考慮した不足量、採用単価の根拠をそろえます。2030年度の予算に、2050年度の条件付き試算を「決定価格」として入れないようにします。
削減投資は複数の価格条件で比較する
将来の価格が確定していない場合には、一つの予想値だけで設備投資を判断するより、複数の価格条件で結果がどう変わるかを確認します。採用する価格は、社内の感度分析の仮定として明示し、政府の決定や外部機関の予測と混ぜないようにします。
たとえば、省エネ設備への投資には、エネルギー費の削減に加え、将来の炭素負担を減らす効果があり得ます。比較するのは、設備の導入費と維持費、年間のエネルギー削減額、削減できる排出量、制度上の負担軽減額です。同じ削減量でも、対象制度や設備の稼働年によって経済効果は変わります。
試算に使った価格の出典と年度を残しておけば、制度が変わったときに、その入力だけを更新して再計算できます。「炭素は将来1万円になる」と一つの結論に固定するより、どの条件で投資判断が変わるかを把握する使い方が適しています。
排出枠とJ-クレジット、JCMは用途を確認して比較する
排出枠は、排出量取引制度で扱う排出に対応した枠です。一方、J-クレジットやJCMクレジットは、所定の制度で認証された削減量や吸収量に対応します。制度上の用途が結び付く場合があっても、同じ商品として扱えるとは限りません。
外部クレジットを制度対応に使う場合は、対象となる制度、認められる種類、数量上限、対象期間、必要な手続きを確認します。「1トンのクレジットを買えば、どの制度の1トンにも使える」と前提を置くと、必要な対応を満たせないおそれがあります。
また、J-クレジットやJCMの購入代金は、その取引の売り手に支払われます。個別のクレジット売買が、そのままGX経済移行債を返すための政府収入になるわけではありません。有償の排出枠割当に伴う負担金との違いは、ここにもあります。

実際の調達を検討する場合は、J-クレジットの価格と見積条件や、GX-ETSとJCMの利用条件を、対象年度の公式資料と併せて確認してください。購入量、希望時期、利用目的が定まった段階では、カーボンリンクのクレジット調達窓口で候補や取引条件を整理できます。
GX経済移行債と炭素価格についてよくある質問
Q. GX経済移行債は結局、何のためのお金ですか
企業の脱炭素に向けた技術開発や設備投資などを、政府が先に支援するための資金です。
政府は国債を発行して資金を調達し、将来の化石燃料賦課金と特定事業者負担金を返済財源にします。借りる側の資金調達と、返す側の財源確保を組み合わせた政策です。
Q. 「1万円以上でないと金利を払えない」という試算ですか
確認できた日本エネルギー経済研究所の資料は、20兆円の歳入を確保するための条件付き試算です。
法律上、財源の使途には利子も含まれますが、この資料は利子を別に積み上げた計算を示していません。したがって、「利払いだけを賄うため、最低1万円必要」と言い換える根拠にはなりません。
Q. 1万円超の負担は、すべての企業にかかりますか
同資料で1万円超と示されているのは、将来の発電事業者の特定事業者負担金の単価です。
全企業の全排出量に同じ単価を掛ける試算ではありません。別に化石燃料賦課金の単価も試算されており、負担の仕組みと対象を分けて読む必要があります。
Q. 国の返済財源が必要なら、J-クレジットも値上がりしますか
GX経済移行債の返済財源だけを理由に、J-クレジットの値上がりや最低価格を決めることはできません。
政府が徴収する負担金と、企業間で売買されるクレジットは、制度と資金の流れが異なります。クレジット価格を検討するには、制度上の用途、需要と供給、種類、数量、受渡時期を確認する必要があります。
Q. GX-ETSの参考上限取引価格と、将来1万円超の試算は矛盾しませんか
対象年度と金額の役割が異なるため、そのまま比較して矛盾とは判断できません。
参考上限取引価格はGX-ETSの価格安定化措置などに用いる、対象年度ごとの基準です。1万円超は、2023年のレポートが複数の条件を置いて計算した2049〜2050年度の発電事業者の負担単価であり、現行価格の上書きや将来の決定価格ではありません。
返済財源からの逆算と、実際の市場価格を分けて読む
GX経済移行債は、脱炭素への投資を先に支援し、将来の炭素への負担で返していく仕組みです。この設計を理解すると、国債の話と企業の排出コストの話が、同じ政策の中でつながっていることがわかります。
日本エネルギー経済研究所の1万円超という試算が示すのは、排出量が減る中で一定の返済財源を確保しようとすると、有償対象の1トン当たり負担が高くなり得るという関係です。実際の制度や価格を決める際には、企業の投資行動、負担の配分、経済への影響、制度の運用を併せて考える必要があります。
レポートの数字を使うときは、「誰が払う金額か」「いつの金額か」「何を前提にした計算か」を確認してください。この三つをそろえれば、約1,000円という過去の概算と、1万円超という将来の条件付き試算を、同じ相場の予想として混ぜずに自社の検討へ取り入れられます。
主な参考資料
- 日本エネルギー経済研究所、清水透、坂本敏幸「20兆円の歳入を生むカーボンプライス」、2023年8月30日。試算条件は4〜6ページ、単価は7〜8ページ。
- 野村資本市場研究所、江夏あかね「日本国政府によるGX経済移行債の発行開始」、2024年春号。償還原資は20ページ。
- 野村総合研究所、木内登英「カーボンプライシングをGX経済移行債の償還財源に:負担先送りと脱炭素の実効性に課題」、2022年12月1日。
- e-Gov法令検索「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」。2026年4月1日施行の改正を反映した条文を参照。
- 経済産業省「排出量取引制度」。対象基準、年度別の基準価格、制度資料を確認するための公式ページ。
- 経済産業省「GX実現に向けた基本方針」。先行投資支援と成長志向型カーボンプライシングの全体像。
- 財務省「クライメート・トランジション利付国債」「令和8年度充当予定事業」。国債の枠組み、資金の使途、充当報告を確認するための公式資料。
- 財務省「令和5年度発行分 資金充当・インパクトレポート/令和6年度発行分 資金充当レポート」。本文8ページに、2026年度の排出量取引制度と直接排出量10万トン以上という対象基準を記載。
本記事の制度情報は2026年10月1日時点で確認した資料に基づきます。過去のレポートの試算値は、その発表年と前提を付けて記載しています。

